絵描き│感性感覚で自由自在!!

例えば 繊細(神経質)だったり 小心者だったり 臆病者だったりした場合…世間一般での評価や印象は、あまり好ましいものではないように感じる。

それゆえに 上記の要素をもっている人は、それを隠したり 嫌ったり 悪い事(あまり良くないもの)と認識するようになる。

そして それらの事項を自分の短所だったり 弱点/苦手なことと解釈するようになる。

またそれで 人に引け目を感じたり コンプレックスになって、様ざまなチャレンジや行動が乏しくなってしまう事もある。

しかし…本当に【それ】は ネガティブでダメなものなのだろうか!? 今一度 考えてみる必要がある。

※補足:【それ】とは 自分が嫌ったり ダメだと思い込んでいる事項

例えば、内気だとか 気が小さいとか…つまり自分が短所と思い込んでいる性質

或いは、自分にとって良くない個性/特徴と思い込んでいる事項のこと。

本当に【それ】は 自分の短所なのだろうか? その答えは…

本人の【それ】に対する捉え方や解釈の仕方

或いは、本人が【それ】に対して 多彩な見方が出来るか/出来ないか次第で、短所にも長所にも変わり得る。

つまりは 本人の捉え方次第! ということだ。

この項では以上を前提に 色々と書き綴ってみる。

【それ】の背景について

自分が短所や弱点と思い込んでいる【それ】らの多くは、実は世論(あやふやな一般論)がベースになっていることが多い。

例えば、口数の多い人をもてはやすような風潮があれば 多弁は良いこととして解釈するようになるし、逆に口数の少ない人が評価されるような風潮になれば 無口は良いことと解釈するようになるだろう。

このように【様々な習性や特徴】【世論】によって 様々な評価が下され 印象付けられているのだ。

世論│感性感覚で自由自在!!

そしてこの【世論】をもっと単純にいってしまうと 多数決の意見や何となくの雰囲気が【世論】ということになる。

では ここで一つ問いかけてみる!

多数決の意見や何となくの雰囲気(世論)は 高い視点(高い抽象度)で見たときに そんなにもアテになるものなのだろうか!? ということ。

結論から言うと 抽象度を上げてみると【世論】などというものは まったくアテにならない。

つまり その程度でしかない【世論】などというものをアテにしたり 羅針盤にして、自分の特徴や性質を卑下してはいけない!! ということだ。

自分が短所と思い込んでいる特徴/性質の抽象度を上げてみる

とにかく重要なことは 自分が短所だと思い込んでいたり 悪い所と決めつけている事項の抽象度を高めて見ることだ!!

例えば 小心者で臆病で弱虫ということで思い悩んでいる人は…

確かに大胆な行動や大きなチャレンジはできないかもしれないが、逆に 細やかな問題点や課題などを見つけることが得意だったりする。

そして【やる気さえあれば】細やかな問題点や課題に取り組み それらを解消することだって出来る。

そうすれば 多くの人が気付けないような 細かい問題点や課題を見つけることが出来て、且つ、それらの問題を解消できるなんて凄い!! ということになる。

また このスキルは、様ざまな局面で活用することが出来る。

そして このスキルを様々な局面で活用できるようになれば…

短所が長所へ│感性感覚で自由自在!!

自分が今まで短所だと思い込んでいた事が 実は長所だった!! ということに気付くことになるだろう。

このように抽象度を上げてみたり 逆説的にみていくと…ありとあらゆる【それ】は逆転し 長所に成り得る!! ということだ。

抽象度を上げて【それ】を活用してみる!

前述したように、抽象度を上げたり 逆説的に【それ】を見たり 捉えることは非常に重要だ。

しかし更に重要なことは…高めた抽象度をベースにして、実際に【それ】らを善用することだ。

そういった行動(実践)が無ければ、それらは絵に描いた餅になり 真の長所には成り得ない。

つまりは【それ】らを善用するための行動/努力があってこそ 真の長所に成り得る! ということだ。

今一度まとめると…

自分が短所と思い込んでいる事項を 抽象度を上げて見たり、逆説的にみてみる。

そうすると 短所と思い込んでいた事項が 実は短所ではなく 長所に成り得るのでは? という希望が湧いてきたり 良い側面が見えるようになる。

そして最後の仕上げとして【それ】らを善用するための行動/努力を日々坦々と継続する!!

「他者」主体を「自分」主体に置き換えてみる

例えば 人に見られるのが苦手という場合…

主体は自分ではなく 他者になっています。

それゆえに 人(他者)に【見られる】という受動的な表現になります。

鏡を見る虎│感性感覚で自由自在!!

ビジネスや商売に於いては 当てはまらないかもしれませんが、少なくとも 心の領域に関して言うと「他者」を主体にするよりも「自分」を主体にした方が良いです。

ですので例えば

  • 人に見られる

という言葉や概念ではなく…

  • 人に見せる(見られるようにする/見てもらうようにする)

このような言葉や意味合いに置き換えることが重要です。

そして上記のように言葉を置き換えたり 概念を変えるにともない…人に見られるのが苦手だった人の苦手意識は、どんどんと薄れていきます。

このように「他者」主体の意識から、「自分」主体の意識に換えていくと 諸々の苦手意識が薄れていくと思います。

さらに例えを挙げると…

  • ○○された
  • ○○される

これらも「他者」主体の言葉であり 概念であり、明らかに 被害者意識の状態です。

こういう場合は

  • ○○をされないようにする
  • ○○をさせない

このような言葉と意味合いに変換させると「自分」主体になり、被害者意識も生じません。

どのような言葉に置き換えるか、或いは どのような意味合いに置き換えるかは 個々人の力量にかかっています。

苦手な領域の多くは「他者」主体になっていたりします。

そんな場合は「自分」主体に置き換えると良いでしょう!!

苦手を薄める│感性感覚で自由自在!!